Hummming

フンフンフン

ついてないだけ

生徒と面談をして、終バスも逃すほどの時間に塾を出る。
もーくたくた。ねみー。でもそんな日に限ってチャリで来てんの。
坂道とか上がれっかよーなんてふてくされながらペダルを漕ぐ。
コンビニで買ったガムとレミオロメン『ether』のMDだけが救いだわ。
久々にMDで音楽を聴く。ここひと月ちょっとはそんな余裕なかったもんな。
「3月9日」はやっぱりいい曲だよ。あと「永遠と一瞬」も好き。

そういえば日曜のこと。
日曜日は雨だったんだけど私が千葉を出るときはまだ降ってなくて
家から持ってきたビニール傘もチャリに差したまま東京へ出た。
そんで向こうへ着いたらこんな日に限って降ってきやがんの。きーっ。
でも「千葉に戻れば傘があるから…」と思って土砂降りの中を耐えたのに
千葉に帰ってチャリを見たらサドルに引っ掛けてた傘がない、ない。
パクられた…まぁ外は雨、傘がなければ放置されてんのを使う、これ常識。
昔の私だったら、きっとすげー勢いでキレていただろうと思う。
でも今の私は「仕方がないな」で済ませることができる。
それが良いことか悪いことかは別として、ね。

中2の冬だったっけ、たまたま買い物で千葉に来ていた私は
LOOPというフォークデュオと出会った。今風の若者、ヒロとミノル。
大阪は天王寺を拠点としつつ、路上の聖地・柏や千葉にも顔を出していた。
一度聴いた曲が忘れられず、1時間半もかけて片田舎から千葉まで出てきては
彼らのストリートライブを冷たいコンクリートに座り込んで観ていた。
(当時はそんなミュージシャンも、そんな子も千葉にいっぱいいた)
何度も何度も足を運び、そこでいくらかファン友達もできた。
すっかりストリートライブに慣れてきた頃、また新しい友達ができた。
肌の浅黒い小柄な女の子。名は忘れた。弟を連れていたように記憶している。
初対面なのにとてもフレンドリーで、年も近くすぐに意気投合した。
ライブは途中で休憩を挟んだので私は彼女に荷物を預けトイレに行った。
帰ってくるなり、人だかりの後ろで見ていた母が私を呼んで言った。
「あの子、アンタのカバンあさってたよ」
何を言っているんだ、嘘に決まってるじゃないか。
そう思いながらカバンを受け取り財布の中を確認してみる。
ない。

財布の中から紙幣だけが抜き取られていた。

「あれ、ない!財布の中にあったはずのお金がないよ!!」
半べそをかいている私を見て、彼女はうっとうしそうな顔をした。
事前の告げ口もあって、頭の中では「彼女が盗った」と決定していた。
どうすればいいんだろう。どうすればいいんだろう。
「あのさ、あると思ってたんだけどお金が足りなくてさ、
 このままじゃ電車賃足りなくて家に帰れないんだよね。
 次の路上で絶対返すからさ、今日だけ2000円貸してくれない?」

私は両親と車で千葉へ来ている。だから電車代の心配なんて一切ない。
運賃だって1000円あればおつりが来る。勿論2000円を返す気はなかった。
嘘をついてやったのだ。私は彼女を試したのだ。
これで少しでもどうにかしようと動いてくれるなら彼女はシロ…
案の定、彼女は素っ気なかった。弟はオロオロしていたけど。
やっぱりお前はクロなんだろ。さぁ出せよ。金を返せ。
ウソ泣きをしながらやんわりと迫った。泣くふりは容易だった。

そこへ父が来て、私をライブから離れたところに連れて行った。
「やめなさい。お金だったらあげるから、そういう事をするんじゃない」
初めてのスリ、初めての裏切りに、私はすっかり振り回されていた。
金だけを見て人をないがしろにするような、まして復讐をするような、
そんな人間になってほしくない、そう父は願ったのだろうと思う。
私は彼女たちから金を巻き上げるのをやめた。
偶然、家族が千葉に来ているから帰れることになった、と告げた。
私たちはまた後半のストリートライブを一緒に観た。荷物を握り締めて。
「次回も来るよ!」と言って別れた彼女たちを見ることは二度となかった。

あの一件から学んだのは、人を安易に信じてはいけないこと。
そして、いくら憎くても復讐で自分の手まで染めるべきではないこと。
今の私は、たとえ傘を盗られても誰かのを盗り返すようなことはしない。
こう教育してくれた父に私は改めて感謝している。
傘をパクられて「あーあ」と天を仰ぎつつ、そんなことを思い出した。

今日の私はといえば、くたくたで帰宅。遅い夕食を食べながらウトウト。
ご飯を食べながら寝る性質は幼少の頃から変わってないわー。なはは。